企業価値を高めるために必要な「人的資本経営」の情報開示
noteやTwitterを、企業はどのように組み合わせて活用していくべきかを考えるイベント「noteとTwitterでつくる新しい企業コミュニケーション」。今回はUnipos代表取締役社長の田中弦さんをゲストにお迎えし、「人的資本経営の情報開示」というテーマでお話しいただきました。
※この記事では、「X」の表記をシリーズタイトルにあわせて「Twitter」とします。
人的資本経営とはなにか ── いま日本の企業がすべきは“土台の再構築”
──まずは“人的資本経営”という言葉の定義を教えてください。
田中さん(以下、田中)まず「人的資本」とは、「個人の持つ能力やスキル」を指します。企業は、従業員がそのスキルや能力に投資をしつつ、それを最大限に発揮できるような“カルチャー”や“土台”を再構築し、そこに投資することで、組織的な人的資本を創出するという経営が「人的資本経営」です。
──「土台を再構築」というのがポイントなのでしょうか?
田中 はい。実は「土台を再構築する」ことは重要なポイントだと考えています。日本企業は、これまでの日本的経営を続けてきた結果、従業員の企業に対するエンゲージメント(貢献意欲)が世界最低水準に陥っています。さらに少子高齢化などで、今後5〜10年で人手不足が急速に進むことを考慮すると、多くの日本企業の土台は既に崩れつつあるのが現状です。
──かつての日本の経営は終身雇用が特徴的で、表面上は長期にわたって人を大切にしているようにも見えるのですが、いかがでしょうか?
田中 確かに20~40年前は、長期雇用を前提にした身分保障が「人に優しい経営」とされていました。しかし現在は転職者の増加、社会の不安定さの加速などにより、1人のリーダーの知恵だけでは、様々な危機を乗り切れない状況になっています。今後は多様な人材の能力を活用しなければ、危機や変化に対応しきれません。そのため、単に身分を保障するだけでなく、人々が能力を発揮できるような投資や経営基盤を整えていくことが必要です。
──日本企業が従業員を解雇しないというのは、単に人を大事にするという理念だけではなく、他にも複雑な要因が関わっていることがありますよね。
田中 そうですね。また日本経済が安定して大きく成長していた時代は、その企業特有のスキルを身につけることが良い経営戦略だったと言えます。しかし人口が減少し、グローバル競争が激化する現代では違う。個々の従業員が能力を最大限に発揮し、あらゆる状況にも対応できるようになることが、重要な経営戦略になっています。
必要なのは“カルチャー・集団”への投資
──人的資本経営はどのように行えばいいのでしょうか。
田中 私が約3,600社を見て、対話して、到達したのが次の「人的資本経営フレームワーク」です。特徴を3つ挙げます。
まずは現状を分析し、会社として達成したい中長期の目標とのギャップから課題を洗い出す必要があると考えます。そこで抽出した課題を解決するにあたって、“個人”と同時に“カルチャー・集団”に投資をするかを見極めます。
よくあるのが、個人への投資として賃上げをしたにも関わらず、20~30代の社員の離職率が高いという状況です。それは「この場所では自分の能力を十分に発揮できない」と感じるカルチャーが形成されてしまっているために起こります。個人だけでなく、“カルチャー・集団への投資”を怠らないことで、これらの離職率を改善できるでしょう。
──個人への投資で給与を上げることにより、優秀な人材が集まると、一見人的資本がうまく機能しているように見えます。しかし実際は、“カルチャー・集団への投資”が土台を再構築する意味で重要なのですね。
田中 はい。例えば地方銀行の場合、以前はローンを貸すだけでも大きな利益につながっていました。ですが、シャッター街が増えてローンの借り手が減ってくると、M&Aや事業継承、人材紹介など、従来の銀行業務とは異なる商品・サービスを販売できるスキルを持つ人材が必要になります。
しかし、「ローン貸付業務のみを行えば十分。他のスキルは不要」というカルチャーが浸透している場合、自発的に「M&Aに挑戦したい」と手を挙げる人は、出てきにくいでしょう。不確かな世の中で、様々なスキルを持つ人材を適切に束ねるカルチャーの健全性が、非常に大事になってくる。さらに私は、自社独自の「個人の能力を最大限発揮して生まれる共創力」と「競合優位性を生むための競争力」を合わせたものが、組織的人的資本になると考えます。
「人的資本経営の情報開示」の理想像とは?
──企業が人的資本の情報開示を求められるようになった昨今、どのような情報を発信すればいいのでしょうか?
田中 情報開示に際して、多くの企業が「自社自慢」から入りがちですが、“全てが完璧です”という発信では企業価値は伸びません。「この課題をクリアすると企業価値が上がります」という部分を開示することで、自社独自の企業価値向上のためのコミュニケーションを各ステークホルダーと取ることができるのです。
明確な課題提示を行っている例として、住友ゴムグループが挙げられます。同社のIR資料では、組織課題である「挑戦しづらい環境」「コミュニケーションの壁」「古いリーダーシップスタイル」「戦略浸透不足による低い生産性」を定量的に可視化し、改善の度合いを科学的に検証していきたいといった記載があります。
さらに詳しく見ていくと、一番の課題は「挑戦」。心理的安全性が低く、現状を変えなくてもペナルティはないので、現状に甘んじてしまうといったことまでも書かれています。
──IR資料でそこまで書かれているんですね。一見ネガティブな内容にも見えますが。
田中 でも“当社は現状がこうであるから、このカルチャーを改善することでよりよくなります”と明言しています。他にも事例を挙げると、明治ホールディングスも、若手社員の会社に対する共感度が低いというデータを公表しています。その上で“現状の問題を認識し、改善することで若手社員の活躍の余地を広げていく”という方針を示しているのです。
──従来は「課題」を公にすることはタブー視される風潮があったかと思います。しかし、いまはそれらを積極的に開示することで、会社の風通しがよくなることもあるんですね。
田中 「課題」と聞くと、ネガティブな要素を開示しなくてはならないと思いがちですが、実際はそうではありません。例えば、あるメーカーで研究や開発分野が今後非常に重要になるが今そのための時間を作れていないのだとしたら、研究開発のための時間を創出することが企業価値向上に繋がります。そうするための課題解決方法を提示すればいいのです。
──なるほど。実際に田中さんは約3,600社の開示情報を全て確認して、課題の傾向も調査されていましたよね。
田中 そうですね。やはり主な課題としては「人材不足への対応」「心理的安全性の低さ」「若手の離職・ポスト不足」などが挙げられます。
また全体的に日本企業は情報開示の義務化により、慌てて開示したところが多いからか、少々表面上の情報だけを開示する企業が多い印象です。そのような中で、やはり「課題提示」が重要だと考える根拠を2つ説明します。
1つ目は今後ますます「採用コスト」が増幅するという点です。人的資本経営の情報開示は株主に向けて発信する傾向になりがちですが、社内や労働市場への説明でもあります。課題提示がなければ、転職口コミサイトなども見ている求職者からは疑問を持たれたり、せっかく入社してもギャップを強く感じて離職に繋がる可能性が高まります。課題を提示しないことは採用や離職率にも影響を及ぼすと考えています。
2つ目に課題開示を行ったほうが、コミュニケーション戦略として正しく情報が伝わるという点です。例えば、皆さんも下記スライドのAさんとBさんのどちらがコミュニケーションを取りやすいか考えてもらいたいのですが、「Bさん」と答える方が多いのではないでしょうか?しかし上場企業の約90%は、Aさんのような情報開示状況になっています。
“人的資本経営ができている”と言われる会社になるために
──今後人的資本経営を行う企業は、誰とどのようなコミュニケーションを取ればいいのでしょうか。例えばUniposのようなツールで、段階的に社内の改善を図る方法があれば、Twitterやnoteなどを通じてオープンな社内報を発信し、企業文化を築いていくことも有効ですよね。
田中 コミュニケーションの対象としては、3つあると思います。それは「従業員」「求職者」「金融市場」で、例えばスタートアップ企業では人材不足のため、求職者に向けて情報発信することが多い印象です。中小企業では、noteで投資家向けの情報発信をするケースが増えていますよね。
しかしこれらの情報発信には注意が必要で、社内の従業員や将来の求職者、金融市場の関係者も閲覧する可能性があるため、コミュニケーションは常に多方面に対して一貫性を持たせる必要があると考えます。例えば、求職者に対して「うちの企業は素晴らしい」と強調しすぎると、社内の実態とのギャップが生じる可能性があります。
──なるほど。基本的に有価証券報告書やSNSなどでの情報発信は、その三方向に対して、統一感のあるアプローチを取ることが重要となってくるのですね。
田中 そうですね。「従業員」「求職者」「金融市場」の三方向に対して、統一されたアプローチを取るためには、やはり企業のカルチャーや文化に投資して、常に課題解決に挑んでいく必要があり、先述の話に繋がっていきます。企業の土台を再構築することでどこから切り取っても、三方向への温度差がなく、情報発信ができるのです。
──「人的資本経営ができている」と言われる会社になるために、明日からすぐに取り組めることはありますか?
田中 まずは相手を“褒める”ということです。といっても、「お茶を持ってきてくれてありがとう」という“褒める”ではなく。何かを改善や挑戦をしたり、何か会社のためにやろうとしたりしている人を後押しして味方になっていただきたいんです。それがないと「せっかくやったのに、なんだよこの会社」となってしまう。だから応援して褒めてあげて、その人のフォロワーになってあげてほしいです。その行動は、会社のカルチャーが変わるきっかけになってきます。
──確かに、褒めてくれる人が1人いるかどうかで変わりますよね。
田中 はい。結局“現場”が強いです。なので、その現場の方たちが、お互いがやっていることを尊重して、お互いがその味方になってあげる。まずはどの企業もこれを徹底していただきたいですね。
──本日はありがとうございました。
※敬称略
▼イベントのアーカイブ動画は以下からご覧いただけます。
登壇者プロフィール
Unipos株式会社 代表取締役社長
田中 弦さん
1999年ソフトバンク株式会社のインターネット部門採用第一期生としてインターネット産業黎明期を経験。2005年ネットエイジグループ(現ユナイテッド社)執行役員。2005年インターネット広告業のFringe81株式会社を創業、代表取締役に就任。2013年3月マネジメントバイアウトにより独立。2017年8月に東証マザーズへ上場。
2021年Unipos株式会社に社名変更し、従業員同士で称賛とピアボーナス®(少額のインセンティブ)を 送り合う「Unipos」事業に完全一本化。
現在、人的資本経営を「Unipos」を通じて社会実装することを目的に、カルチャー変革・人的資本経営・心理的安全性の専門家として活動する。
モデレーター
徳力 基彦
noteプロデューサー
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interviewed by 徳力基彦 text by 三浦良恵