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老舗出版社が、なぜnoteを始めたのか——金子書房の、「こころ」のための価値ある情報を届けるメディア #noteクリエイターファイル

金子書房は1946年創業の歴史ある出版社です。心理学・教育・精神医学など、メンタルヘルスに特化した専門書を出版してきました。ずっと紙の書籍を出版してきた同社が、2020年にnote proを始めた理由は、パンデミックで「こころ」の情報を素早く届ける必要が出てきたことと、先行する出版社の成功事例がありました。

今回は代表取締役常務執行役員の金子賢佑さん(写真・右)、編集部でnoteの担当をしている木澤英紀さん(写真・左)にお話を伺いました。


緊急事態宣言で増大するメンタルヘルス問題で、専門家が機能できるようにしたかった

ーーなぜnoteを始めたのでしょうか。

金子 弊社は「こころ」のための専門メディアとして、74年間、主に書籍を刊行してきました。出版不況となり、情報の多様化が進むなか、書籍以外の手段で情報を発信したい、ネットメディアに力を入れなければと思いつつ、きっかけがなく踏み出せない時期が続いていました。

ところが、新型コロナウィルス(covid-19)の感染拡大による緊急事態宣言と同時に、メンタルヘルスの報道が増えてきました。なかには、出どころがわからない怪しい情報もあります。専門家がちゃんと発信できるよう機能したい。そう思うと、いてもたってもいられず、急遽インターネットでの情報発信を積極的にやろうと思うようになり、note proを選びました。

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ーー発信するのにはいろんな手段があります。文章、コンテンツのプロがなぜnoteを選んだのでしょうか?

金子 noteはアクティブユーザーが多く、業績も非常に伸びているからです。自社でワードプレスでつくる選択肢もありましたが、保守管理や機能の更新が大変です。また、弊社は別途ITサービスを立ち上げており、その難しさを知っていました。

noteはすでに完成されたパッケージで、ユーザーが多いという強みを持っている。そういう会社に任せた方が早いかな、と思いました。

ーーそのなかで有料のnote proを選んだのはなぜでしょうか。

金子 先行している出版社での成功事例が散見されたことが大きいです。文藝春秋さんや早川書房さんが先駆けてnoteでの発信に力を入れていたことは励みになりました。これは将来的な収益化や広報活動に確実につながるな、と確信しました。無料のnoteは2019年11月から、note proは2020年5月から利用を開始しました。

編集者・著者との連絡が密になった

ーー開設して、効果はありましたか?

金子 まず、Twitterのフォロワーが増えました。弊社のTwitterには、4000人の壁がずっとあったのですが、noteを始めてあっという間に一ヶ月100人くらいのペースで増えていて、4000人をあっという間に突破し、いまも増え続けています(取材当時)。

また、オンラインでのセミナー事業にも注力し始めたところなのですが、noteで注目を浴びた記事のセミナーを開催したところ、参加者がすぐ集まり、何度も満席となって増席しました。noteで記事を先行して出していたことは、多くの方への周知につながったのだと思います。

それに、新しい取り組みだね、とお褒めの言葉をいただく機会が増えました。弊社も創業 74年となり、老舗といわれることもあるのですが、これまでのやり方に固執するのではなく、従来のサービスを大事にしつつも新しい取り組みに積極的でありたい。それを評価していただけるのは嬉しいことです。

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木澤 専門家から弊社へ企画を持ち込みやすくなったようです。先生の側から「金子書房で書かせてもらえないか」と、ご提案いただくことが増えました

また、社内の側にも良い効果がありました。記事の提案やその途中での相談など、連絡が密になったことです。編集者の仕事は、“会社の看板を借りた個人事業”といわれることがあります。たしかに、一匹狼のようなスタンスがあるように感じますが、必要な連携はありますから、コミュニケーション量が増えたことはいいことだと思っています。

特に、リモートワークでコミュニケーション不足になりがちですから、効果が期待できます。 あとは、書籍にするにはまだ早いかもという情報や、一冊の本にするまでの分量が集まらないな、という場合でも noteであればそれを解決してくれるし、なによりもすぐ世の中にお届けできるのが素晴らしいです。 

紙の雑誌がわりにnoteで発信する

ーーかなりnoteへのリソースを割いておられますが、目的、目標はなんでしょうか?

金子 弊社のブランド認知度をアップしていきたいのが一つ。メンタルヘルス事業で書籍を出していることはもちろん、「こころ」のために頑張ってるという理念を打ち出していきたいです。結果としてブランドになったらいいなと思います。noteって結構エモい媒体なので、それができるのではと思いました。

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また、創業の頃から刊行していた月刊誌が休刊になり、社会の動きにすぐ対応できる定期的刊行物がなくなったので、紙ではなく、noteで定期的に発信したいという思惑もありました。

これからも、世の中に役立てる良質な情報を発信していきながら、会社の広報媒体として読者の皆様とのコミュニケーションを密にしていきたいと思っています。

ーー運営体制を教えてください。

木澤 編集部全体で運営しています。編集部内で特集を決めたり、 個々人がやりたい連載企画などを提案したりしています。トップダウンではなく、なるべく個々人の動機によるかたちを意識しています。

例えば、『つながれない社会で、“こころ”のつながりを』というハッシュタグの一連の特集記事は、「この先生にこのテーマでお願いしてみよう」と提案して書いていただきました。トップダウンではなく、個々の編集部員が提案して、部内、社内の承認を得てやっています。

ーー記事制作のフローはどうでしょうか。

木澤 まず個々人が執筆者に依頼を行い、OKになったら実際に執筆していただき、内容を確認したうえでnoteに掲載していきます。 掲載作業も提案者みずからが行うようにしています。特集以外にも、連載や単発企画でもOKです。

ーー対象読者はどこに置いていますか。

金子 メインのターゲット読者として想定しているのは、メンタルヘルス当事者より、こころの支援の専門家——医師、公認心理師、臨床心理士、学校の先生、企業の人事担当者などです。そういった人向けに早いうちに情報を発信し、記事を貯めていって、書籍企画につなげる方向などを考えています。

ーーnoteの使い勝手はどうでしょう?

木澤 Wordで原稿をもらうので、そのままコピペして貼り付けできて便利です。最近では、画像がnoteの本文中にドラッグ&ドロップで貼り付けできるようになり、さらに使いやすくなりました。

日常で使っているWordよりもあえて機能が少なく、フォントサイズなどが選べないのがかえっていいのです。選び始めると、永遠に終わらないですから。その分、届けたい内容部分に注力できるのがいいと思います。

コンピューターの操作は人によって得手不得手があるものですが、皆さんすぐに慣れてバンバン記事を作成されていますから、インターフェイスが非常に使いやすいのだと思います。 

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ーー画像はどうやって選んでいますか。

木澤 原稿途中の写真カットは、内容を理解している編集者が選びます。トップ画像の作成は依頼者が行う場合と、別の担当者が作る場合とがあります。

トップ画像は、デザイナーは置かずに、編集者が作っています。紙媒体でしか経験がなかったので、ウェブ用の画像を手作りするのに最初は苦労しました。景色だけより、顔があった方がいいなとか。デザインについてはパターンができてきました。

研究者の先生方は、これまで顔出ししないことも多かったのですが、noteを始めて、先生から「これ使ってください」と写真を何枚もいただくことが増えてきました。読者の方にも「あの先生だ」と親しみを持ってもらえます。

noteを、書籍作りに生かす

ーーnoteのためのミーティング、ディスカッションは設けていますか?

木澤 定例的な会議の中に入れていますが、それだとスピードが遅いので、社内チャット(Slack)でnote専用チャンネルを作り、思いついたら即、提案しています。

ーー現場では、本来の仕事がある中でnoteをやるわけで、クリエイターの皆さんはみな苦労しています。工夫していることはありますか? どうやってモチベーションを上げていますか。

金子 新型コロナウィルスで緊急事態宣言の報道が出ているとき、書店が動いてない、ということが続いていました。そこで社員に「私たちのスキルで何ができるか?」と問いかけたのです。文章を編集したり、企画するスキルはある。今こそ、その力を使ってビジョンを持って行動すべきときでは、と社員に訴えかけました。

また、こうして記事を貯めておけば、何かあったときに、また改めて参照できる。これから学術情報を貯めていこうとしています。

ーー本業の他にnoteもやるのは大変ではないですか。

木澤 実はnoteでやったあらゆることが、書籍作りにつながっています。「この先生にコンタクトとってみたいな」というとき、いきなり書籍を書いてもらうのって難しいんです。

しかしnoteでしたら、やりとりしているうちに知ってもらえるし、編集者も信頼してもらえて、次の仕事を始めるステップとなり、ストレスなく仕事がお願いできます。

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ーー苦労した点はありますか。

木澤 最初のころ、本格的に立ち上げる際は大変でした。note proを本格始動したのが2020年の5月から。勢いよくスタートダッシュを切りたいことに加え、コロナ禍で疲弊している人の心に役立ちたいと、一ヶ月で 30 本ほどの記事を公開しました。続く6 月もそれに近い数で量が多かったのです(笑)。

また、noteはインターフェイスが使いやすくすぐ慣れましたが、普段は作成しないトップ画像の作成にも手間取りました。どうにもこうにもアイデアが湧かないときは、社内で意見を求めつつ完成させていきました。

ただ、悪い苦労ではなかったと思います。社内的にも認知されたり、操作を覚えたり、いいきっかけになりました。

ーー印象に残った記事は

木澤 とくに印象に残っている記事は「家族の暴力への援助 ~その歴史から対応へ~」です。信田さよ子さん(原宿カウンセリングセンター所長)にご執筆いただきました。

当時、コロナ禍におけるDVの増加が報道されていました。そんななか、コロナ禍とDVのみならず、複数視点からの鋭い内容が非常に印象的です。ユーザーの皆様からも多くの反響をいただきました。

メンタルヘルスの世界にいると、人の心の難しさを嫌というほど感じます。暴力に関する情報というのも、言うまでもなくデリケートなものです。それをスピーディーに情報発信できたことは、メディアとしての役割に寄与できたのではないかと思います。

ご執筆いただいてこそですから、すべての先生に感謝しています。 こうした情報発信を続けて、少しでもいろんな人の役に立てればなと思います。

金子 私も同じ記事が印象に残っているのですが、メンタルヘルスの専門家の皆様がこの記事を読み、「頑張らないとな、これから私たちの仕事がくる」っておっしゃっていて。ネットに出したことで、皆のモチベーションが上がりました。

ーー書籍のペースとは違う?

木澤 書籍だと時間がかかるんです。タイムリーに時勢を見極めながら発信するにはnoteがいいな、と思いました。デリケートなものだからこそ、情報発信の役割をもつ出版社が、編集という作業のもとに出せたことに意義があるかなと。

ーーnoteのアカウントを象徴するエピソードですね。大きくバズればいいというわけでもなく、心の危機というか、社会全体が追い詰められた状況下で、何を届けたいのかを問い、それを実際に届けていく。

これからどんなメディアにしていきたいですか。

金子 読者の方と交流が持てる、あわよくば愛されるメディアにしていきたいと思っています。以前は本を出版しても、読者の顔が見えないところに辛さを感じていました。昔は読者カードという読者とのコミュニケーションツールがありましたが、いまはあまり見ません。

noteであれば、読者から直接コメントをいただけたり、またはTwitterを介して感想をいただけたりと、距離に関係なく身近に感じていただけます。

コーポレートビジョンで「人のこころを大事にする」を掲げています。このビジョンの達成として、紙の書籍だけじゃなく、ウェブも使ってバランスよく発信したい。

速報性のある情報にはどうしても怪しいものも出回るのですが、普段からエビデンスをもって発信し続けている専門家もいるのです。弊社はそのような状況の中で、価値ある情報を発信するメディアになりたいと思っています。

■プロフィール

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金子賢佑(右) 代表取締役 常務執行役員
2012年 早稲田大学卒。マツダ株式会社 経営企画本部を経て、現職。同社のDXに注力。noteによるオウンドメディア、"メンタルヘルス×IT事業"として「心理検査オンライン」(2020年10月リリース予定)、研究機関として金子総合研究所を立ち上げる。メディアを通じた情報発信と、実践ツールとしての心理検査の開発・販売を通じ、「人のこころを大切にする社会づくり」への貢献を目指す。
Twitter:けんけん@金子書房

木澤英紀(左) 編集部所属/note責任者
2012年 心理学科卒。前職では印刷会社で営業職に従事。入稿から製本までをワンストップで受注し、指示と管理を一貫して担当。現職では大学で学んだ心理学の知識を活かし、心理学専門の出版物を編集。 心理学であればジャンルは問わず、論文集から一般向けの書籍まで担当。印刷会社にて培った「製造」と、編集者として培った「創造」を武器に、「ひとのこころのために」奮闘中。

■企業アカウント紹介

「こころ」のための専門メディア 金子書房
「こころの健康」のための情報発信や、心理検査を開発・販売しています。 そのほか、中の人が色々書いたりします😊
 note:https://www.note.kanekoshobo.co.jp/

interview by 水野圭輔 text by 野本響子

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