顧客にアクションを起こさせるには?高広伯彦さんに訊くコンテンツマーケティングの基本
「noteとTwitterでつくる新しい企業コミュニケーション 実践編」イベント。今回のゲストは、マーケティングエージェンシー・スケダチ代表であり、社会構想大学院大学 特任教授でもある高広伯彦さんです。
インバウンドマーケティングやコンテンツマーケティングの火付け役で、長らく企業のコンテンツづくりの重要性を啓発されている高広さんに、企業はどのように「コンテンツ」づくりをはじめるべきかを伺いました。
※この記事では、「X」の表記をシリーズタイトルに合わせて「Twitter」とします。
コンテンツの役割は顧客のフィルタリング
コンテンツにふさわしいチャネルを選ぶ
——まずはコンテンツマーケティングのポイント、そして、企業は何のためにネットで情報発信をするのかを中心にお話を伺いたいと思います。
高広さん(以下、高広) 先日、ある企業の方から「情報発信をするのに、noteとTwitterのどちらがいいですか?」という質問を受けたんです。私は、なぜ二択なんだろうと思いました。
というのも、情報を届けるというのはコンテンツと、そのコンテンツを送るチャネル(集客するための経路)あるいはヴィークル(情報伝達のための媒体、コミュニケーションの手段)の組み合わせの話だからです。自分たちが触れたいお客さんが一番使っているチャネルやプラットフォームを選んで、それに合うコンテンツを作ればいい。
20年ほど前に公開された「BMW films」をご覧になったことはあるでしょうか?自動車メーカーのBMWが2001~2002年にかけて、2シーズン8篇を制作し、Webで公開したショートフィルムです。2016年にも一度復活し、そして今年2023年には『THE CALM』という最新作が公開されています。
高広 2001年頃、BMWは広告費、つまりマーケティングコミュニケーションに関する予算をメディアやテレビCMに投資するのをやめて、全部インターネット上で流すショートフィルムの制作費に回しました。ガイ・リッチーやウォン・カーウァイら有名監督がショートフィルムを制作、マドンナやミッキー・ロークなどの大物アーティストが出演して、とても話題になったんです。
しかし、現在のコンテンツSEO(※)的なコンテンツマーケティング観点からすると、なんでショートフィルムなんていう、コンバージョンの取れなさそうなものを作ったんだろうと思いますよね。
※コンテンツSEO:ユーザーの検索意図に沿ったコンテンツを継続的に発信することで検索エンジンの上位に表示させて、集客につなげる手法
BMWにはこのショートフィルムをつくる明確な理由がありました。
20年くらい前の一般的なインターネット環境は、今のように常時接続ではない上、インターネット速度も大したものではありませんでした。当時、高速かつ常時接続のブロードバンド回線を契約していたのは、基本的に新しい物好きで経済力のある人たち。彼らは、車を選ぶときにインターネットで調べていることが、当時わかっていました。
つまりこの広告は、インターネットをチャネルとして使えばいい、という話からスタートしているのです。配信がされていたのは、BMW films の特設サイトで、米国では公開時には映画と同じようなポスターが街中に貼られていました。
——2002年当時は、まだYouTubeはないですもんね。
高広 はい。2005年ですからね、GoogleがYouTubeを買収したのは。実はこの話の流れに関係するエピソードがあります。私がYouTubeの広告ビジネスを日本に導入する仕事をしていた2005年頃に、ブラジルの担当者に、どうやってYouTubeの広告を売っていくのか聞いたことがあります。
当時のブラジルでは、テレビは非常に普及している一方で、YouTubeを視聴できるレベルのインターネット回線はそれほど普及していなかった。なので、テレビはあらゆる層、中でも低所得者層にリーチするメディアで、高所得者層にリーチするのはYouTubeだったそうです。
つまり、どのチャネルを選ぶかが、ターゲティングになっているんです。
コンテンツそのものでターゲティングするのは難しい
高広 「コンテンツを使って、どうやってターゲティングするんですか」とよく質問されますが、コンテンツそのものでターゲティングをするのは難しいと思うんですよ。なぜなら、ターゲティングというのはコンテンツをどこのチャネルに流すかで決まるから。
私は、コンテンツはターゲティングではなく、フィルタリングするためのものだとよく話します。そのコンテンツに響く人だけを集められるのが、コンテンツの強みです。例えば、登山の専門雑誌を読む人は、基本的に山が好きじゃないですか。
——なるほど。“ターゲティング”は広告をぶつけることができる前提での言葉なんですね。
高広 リーチ先が見えていることがターゲティング。対してコンテンツそのもの単体では、リーチ先が見えているわけではないでしょう?リーチ先を決めるのはチャネルだから。そのコンテンツを通じて来た人が誰なのかという考え方です。
インターネットって、映像やメール、SNSなどを組み合わせて、色々なことができるはずですよね。なのに、生活者をセグメントしてターゲティングし(コンテンツを)送るだけだと、それは企業の一方的な情報発信です。
一方、生活者が自ら接触するような仕組みをつくると、企業と生活者のフェアな価値交換の場になる。企業が提供するものは例えばコンテンツであり、生活者が提供するものは商品に対する認知や理解だったりします。
企業と生活者の間に立ち、何らかの情報交換や価値交換をうまく行う仕組みが、マーケティングコミュニケーションだと思います。
私が昔、20年近く前から、デジタルマーケティングやクリエイティブに関するプランナーをやっていたころからずっと考え、話をしているのが、マーケティングというのが価値交換の場になりえるかどうかということ。その場になるものの一つがコンテンツではないかなと。
※詳しくは、高広さんのnote「ブランデッドエンタテイメントはどのように作ればいいのか?に頭を使った33歳の頃〜WebCINEMA TRUNK (2003) の話(追記あり)」を参照してください。
そもそもコンテンツマーケティングとは
顧客のためになる情報を提供する
——本来コンテンツは生活者と企業の間の存在になれるのに、なぜかコンテンツという「広告」を生活者にぶつけることと解釈されています。コンテンツマーケティングの本質から離れてしまっているように思います。
高広 コンテンツマーケティングとは、「広告」の話ではないんですよね。コンテンツを利用することを中心に据えたマーケティング手段です。例えばコンテンツマーケティングの総本山的な団体Content Marketing Instituteは黎明期から次のように定義しています。
高広 コンテンツマーケティングという言葉は、2008年あたりから浸透し始めました。
しかしその歴史は古く、世界最大級の農機具メーカーJohn Deere社が1895年から出版している『The Furrow』という雑誌が、コンテンツマーケティングのはしりといわれています。この雑誌は米国の農場主、つまり、John Deere社の顧客や、これからお客さんになるかもしれない見込み客に向けたもので、農業経営がうまくいくコツをまとめて配っていたんです。
なぜかというと、お客さんの知識が増えたら、農場経営がうまくいって、お金ができて、そのお金によって自分たちの商品が買われるようになる、という好循環が生まれるからなんですね。
今のコンテンツマーケティングの世界では、一部ですが、とりあえずお客さんを確保するためにコンテンツマーケティングをしようと考えていて、お客さんに賢くなってもらおうとか、役に立ててもらおうというコンテンツの考え方がないんですね。
※詳しくは、「アドテック九州」(2014年)での資料「コンテンツマーケティングとは何か? その本当のところ What is exactly content marketing?」を参照してください。
なぜ旅行では、代金を前払いできるのか?
高広 さて、コンテンツについてもっと理解していただくために、私の学術側の専門領域に近いところの話を共有しておきます。「サービス」の考え方です。
サービスには、IHIPという4つの特徴があります。IHIPとは「Intangibility(無形性)」「Heterogeneity(異質性)」「Inseparability(不可分性)」「Perishability(消滅性)」の頭文字をつなげたものですが、ここではIntangibility(無形性)を取り上げます。
Intangibility(無形性)とは、次のようなことです。
つくり置きや在庫ができない
見せること、触らせることができない
物理的な無形性
心理的な無形性
美容院は髪の毛を切るサービスを提供していますが、「髪を切る」という行為は在庫として持つことができません。形がないから見せることや触らせることもできない。また、例えば清涼飲料水は画面に映し出すことはできますが、サービスは画面に出せるような形はありません。
形のあるものではないから、お客さんにしてみれば購入するときに、自分が得るものは何なのか、触れないから不安になるという心理的な問題が生じます。お客さんは何を買うのかイメージができない。
また、例えばパッケージ旅行を申し込むとき、普通は旅行をする前にお金を払います。でもこれって、ちょっとおかしくないですか?自分自身がまだ旅行を“消費”していないのにお金を払う。なんでそれができるんでしょう?美容院もそうです。入店したら料金を払うことが決まっている。
それができるのは、パッケージ旅行だったらパンフレットや旅行ガイドで調べて、自分が得るものは何かをイメージできるから。美容院もお店にもよりますが、カットモデルの写真などで、どういったカットができるのか技術を見ることができる。
そういう参考にできる資料や情報は、形のないものを売るときに重要なコンテンツなんです。
感情や知識に変化をもたらさないコンテンツは意味がない
高広 このことについて、重要な概念に触れておきましょう。
1981年にセオドア・レビットという、フィリップ・コトラーと双璧をなすマーケティングの研究者が「無形性の度合いというのは顧客を獲得することに大きな決め手となる」といいました。つまり、モノそのものではなく、それ以外の無形のもの、例えばお客さんとのやりとりやサポートのようなものが、実は顧客獲得に大きな影響を与えているといっているんです。
サービスや商品を前もって使用したり点検したりできない場合、見込み客は購入の判断材料として「別の何か」に頼らなければいけない。この「別の何か」のことをレビットは「surrogates(代替物)」と名付けています。
パッケージ旅行の例でいうと、お客さんはまったく何もわからない状態でお金を払っているわけではなく、パンフレットや旅行ガイドという「surrogates」に頼った結果、旅費を払っているんです。
だからマーケティングにおけるコンテンツとは集客だけではなく、お客さん側の意思決定にどうやって役立たせることができるかが、非常に重要な役割になります。
——noteでいうと、寿司屋の大将の素直な心情を吐露したコンテンツが、お客さんをお店に誘導するのに効いた、という事例にあたりますね。
高広 はい。そういうのも、お店に行くときに重要な参考情報、つまり surrogates として機能していたということになりますね。
ご存知のように私は以前、「お客さんが自らの課題解決のために情報行動を起こし、(売り手である)企業の方に向かってきてくれる」というインバウンドマーケティングの概念を拡げることをしていたわけですが、最近は更にそうした考え方を発展的に推し進めるものとして、「Buyer Enablement」という概念を使うようにしています。日本のBtoB業界では「Sales Enablement」という営業力を強化する手法が話題になってますが、「Buyer Enablement」は「買い手」に注目しています。
この「Buyer Enablement」というのは、起業家のGarin Hessの書いた『Selling is Hard. Buying is Harder』という本で書かれていたり、米国の調査会社ガートナーが2018年に言葉の定義していたりする比較的新しい言葉です。これは、買い手の購買プロセスを支援するという考え方で、例えば各購買ステージごとに必要な情報を提供するというのも、「Buyer Enablement」の一環として考えられます。つまり、surrogates の提供ですね。
私は、Buyer Enablement という買い手視点の思考と、それを支援するための surrogates という考え方が、コンテンツを活用したマーケティングの重要な概念だと考えています。
例えばカスタマージャーニーマップを描くとき、このふたつを念頭において、それぞれのステージごとにどういうものが揃ったらお客さんは次のステージに移るのかを考えてみてください。そうすると、ステージごとに必要なコンテンツというものが自ずと企画できるようになると思います。
——購買プロセスにおいて「この美容院に行きたい」と思ってもらうためには、どういうコンテンツに触れてもらえばいいのか、買い手がコンテンツによって詳しくなったり感情が動いたりするにはどうすれば?ということですね。
高広 ええ。例えば博物館や展覧会で考えてみると、そこに入る前と出た後で、お客さんの感情や知識が変わらなかったとしたら、その博物館や展覧会の意味はないでしょう?コンテンツも基本的に、そのコンテンツに触れてから読み終わるまでに、お客さんに何も変化がなければ、おそらくそのコンテンツは価値がないんです。
※詳しくは、高広さんの個人講座「デジタル時代のB2Bマーケティング講座」のダウンロード資料(要登録)をご覧ください。
コンテンツづくりで最初にやるべきこと
お客さんにどうなってほしいかを定めてからコンテンツをつくる
——BMW filmsのように大掛かりではなく、本質的なコンテンツをつくるために、企業のオウンドメディア担当者が明日からやるべきことは何ですか?
高広 最初にやるべきことは、自分たちのマーケティング活動で、お客さんがどのように変わることを想定するか、そしてお客さんのコンテンツ視聴などを通じてどのような「シグナル」がほしいかを見定めることでしょう。
「シグナル」とは、お客さんが出す「信号」や「アラート」のようなもので、マーケター側からすると、「このお客さんは◯◯に興味があるな」、「このお客さんは購買の●●の段階だな」といった推測ができるものです。
例えば、ある企業が自分たちの提供しているサービスや商品のFAQ(よくある質問と回答)ページを持っていたとします。そのページ内にお客さんの閲覧状況を把握するツールを埋め込んでおいて、あるお客さんがどのFAQページを見ているのかが分かれば、お客さんが何に困っているのか、という「シグナル」を把握することになります。つまり、実際にお客さんにヒアリングをするのと同様に、サービスに関する改善や顧客満足度を測るための「シグナル」を獲得するコンテンツとして、FAQページが使えるようになるわけです。
このFAQの例でも、単に「FAQを提供する」というサポート目的だけでなく、他にもたくさんの示唆をお客さんが自ら起こしてくる「シグナル」から把握するということが目的となります。なので、何を書くかの前に、自分たちはお客さんの何を把握したいのか、どういうお客さんにしたいのかがまずあるべきです。そうしないから、安直に集客のためにコンテンツを作るのだ、となり、バズる記事をつくるには……となってしまう。
バズるコンテンツをつくるとノイズも増える
高広 皆さんバズる記事に注目しがちですよね。情報通信に関する理論に、S/N比(シグナルとノイズの比率)というものがあるんですが、情報の量が増えると基本的に、良い信号である「シグナル」だけでなく、悪い信号の「ノイズ」も増えます。つまり、バズるコンテンツをつくると「ノイズ」が増える可能性が高いと考えないといけません。
だから記事がバズると、自分たちが本来取りたいお客さん以外も相手にすることになるので、実はコスト高になってしまう。バズることは、デメリットのほうが多いんです。BtoCで、テレビCMみたいにターゲットをあまり絞らず広く認知を取りたいのならいいんですけれど。
——なるほど、メディア枠費を払わずに大勢に届けたいからバズらせるという目的ならいいけれど、ターゲットが明確なのに、そうではない人に届いてしまうのは実はデメリットということですね。
高広 想定される取引企業の数が1,000社しかないBtoB企業が、バズったコンテンツを作って10万人に届きました——となっても、何をやっているんですか、としか。
分母と分子で考えてみてください。ターゲットの数が1,000人で、その中から100人獲得するとします。でも、分母の数が1万人に増えたら、正味獲得数は100人なんだけれど、分母の数が大きいから効率的に悪く見えてしまう。
——BtoCもそうですね。コンテンツは本来届けるべき人に丁寧に届けなくてはいけないんだけれど、数字を求めて雑にバズらせようとした結果、逆にノイズが増えて批判が増える。ひどい時は炎上してしまうと。
今のペルソナと未来のペルソナ
——最後に、コンテンツマーケティングの本質を忘れないために、私たちが明日から実践できるアドバイスをいただけますか?
高広 コンテンツに限らず、キャンペーン全体やマーケティングもそうですが、お客さんにどうなってほしいのかという視点を持つことです。
私は講座などでよく、「今のペルソナ」と「未来のペルソナ」を書いてくださいといっています。今のペルソナとはお客さんの現状のことです。
お客さんの現状に対して、自分たちのマーケティングコミュニケーションや商品を提供した結果、そのお客さんはどう変わりますか?これを式にしてみると、(未来のお客さん)ー(現在のお客さん)= 価値 となると考えます。自分たちの商品やサービスの提供、マーケティング施策の結果、お客さんが何も変わらないのであれば、なんの価値もないわけです。
今のお客さんに先々どうなってほしいのかを思考、戦略・先述の中心において、マーケティングの企画、事業開発、商品開発、コンテンツ企画などを考えることが、企業の担当者が明日からでも使える思考だと思います。
——今日は高広さんの20年分の資料を交えての濃い話を伺うことができました。ありがとうございました。
※敬称略
▼今回の内容をより深く理解するための資料
ブランデッドエンタテイメントはどのように作ればいいのか?に頭を使った33歳の頃〜WebCINEMA TRUNK (2003) の話(追記あり)
コンテンツマーケティングとは何か? その本当のところ What is exactly content marketing?
「デジタル時代のB2Bマーケティング講座」資料(登録とダウンロードが必要です)
▼イベントのアーカイブ動画は以下からご覧いただけます。
登壇者プロフィール
高広伯彦さん
スケダチ 代表
社会構想大学院大学 特任教授
博報堂、電通、Googleや外資系企業等にて広告/マーケティング/デジタル領域の事業に20年以上関わる。現在は独立し、ベンチャーから一部上場企業のマーケティングや事業開発支援を行う。同時に研究者として、マーケティング戦略/デジタルマーケティング/サービス・デザインを専門領域としている。また個人活動として、社会人向けのマーケティング領域の私塾を数年に渡り行っており、『コトラーのマーケティング・マネジメントを原文で読む会』や『デジタル時代のB2Bマーケティング講座』などを行い、すでに約400人ほどが参加している。京都大学博士(経営科学)。
モデレーター
徳力 基彦
noteプロデューサー
「noteとTwitterでつくる新しい企業コミュニケーション」イベントの実践編は、バックナンバー公開中です。あわせてお楽しみください。
noteの法人向けプラン note proの詳細はこちら
note proでの情報発信、活用方法に疑問や不安はありませんか?
担当者が、貴社の課題とnote proの特性を踏まえて、活用方法や参考事例をご提案いたします。下記からお気軽にオンライン個別相談をお申し込みください。
interviewed by 徳力基彦 text by 本多いずみ